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2022.07.15
紙本天平先生インタビュー(その3/最終回)

こんにちは、履正社国際医療スポーツ専門学校 広報部Mです。サッカーコースのブログにお邪魔し、掲載してきた紙本天平先生へのインタビューもいよいよ最終回。紙本先生のこれまでのサッカー人生や、学生に伝えたいことをお話しいただきました。

 

 紙本先生のプロフィールはこちら

 

「2年間しかない。その意味は、自分だから伝えられる」。

 

――先生がサッカーを始めたのはいつですか?

小学生のころから遊びでやっていましたが、本格的に始めたのは中学の部活からです。初めてのサッカーは幼稚園のとき。体験でやったのですが、ルールがわからずボールを持ってしまったり、人見知りなこともあり泣いて帰ってきて。家族に「向いていない」と思われていました(笑)。でも、走るのは好きで。機械体操、水泳、陸上、野球などスポーツはいろいろやっていました。中でもやっぱり、自由にフィールドを走り回れるサッカーが一番楽しかったんです。

 

――サッカーを本格的にやりだした頃から、ポジションはフォワードだったんですか。

右サイドもやっていました。高校からはフォワードのほうが多かったですね。

 

――どんなプレーヤーだったんですか?

「裏に抜ける」、相手の背後をとるのが得意プレーでした。相手のゴール前にすぐ侵入はできるんですが、決定力が足りなくて。よく先生や同期にいじられてました。

 

――決定力……。先生の学生時代のゼミ論文にもつながりますね。

あまりにも悔しいから、運と徳を高めようと朝早く学校に来て掃除したりしていました。でもこの話には続きがあって。ずっと後になって(当時サッカーコースに在籍していた)伊奈新太郎先生が、「紙本、朝早く来てたもんな」と言ってくれたことがありました。ああ、見ていてくれる人がいるんだ、と思いましたね。

 

――学生時代を振り返って思うことや、浮かんでくる情景はありますか。

僕自身の後悔としては、もっともっと真剣にサッカーしておけばよかったということです。当時も真剣に、必死にやってはいましたが、それでも足りなかった。サッカーを続けるか迷っている学生には、悔いなくやってほしいし、身体が動かなくなるまで続けてほしいと言います。2年の時、北海道で専門学校の全国大会の決勝トーナメントがあり、温存のために初めてベンチ外になったんです。近くの100均でメガホンを買って、後輩と応援しました。でも、負けてしまって。すごく悔しくて泣きました。俺のサッカー、これで終わっていいのかなって。その2週間後に就職面接があり、「自分はこれから、指導者になるんだ」と。選手生活を完全燃焼できていなかった自分がいました。気づいたときにはサッカー選手としての時間は終わっていた。だから、学生にはいつも言います。「2年間しかない」と。あと1年、あと半年……仲間と頑張る日々はあっという間に過ぎていきます。ここでサッカーができるありがたみを噛みしめてほしいんです。

 

――卒業生でもある紙本先生がおっしゃると、説得力がありますね。

僕自身も学生時代、うすうす終わりがあることはわかっていたけれど、終わる瞬間まで自覚ができていなかった。今この瞬間しかないんです。学生時代のやり直しはできない。たまたま同い年の人間が全国から集まり、大阪の茨木で一緒にサッカーをしている。それって、奇跡的なことだと思うんです。僕は学生がうらやましいです。サッカーに熱中できる時間が今、彼らにはありますから。

 

サッカーコースでは朝9時から、実技練習を行っています。

 

――先生がこれまでサッカーをしてきて良かったことって何ですか。

履正社で高祖和弘先生、伊奈新太郎先生、岡本憲明先生はじめ、いろんな先生方や仲間と出会えたことです。同期とはずっと仲が良くて。年始に茨木キャンパスで初蹴りがあるので、よく来てくれます。仲間内で僕は、人を集めて調整する係です(笑)。ここで出会った人たちが、僕の一生の財産。ここでサッカーをしていない自分を想像したらぞっとするぐらい、履正社に来てからのサッカー人生が、今の自分を作っていると思っています。

 

――紙本先生、ありがとうございました!

 

<広報Mの取材MEMO>

取材後、紙本先生からお宝写真をいただきました。今回のお話に出てきた、北海道での決勝トーナメントのときのお写真です!

 

(写真提供:紙本先生)

 

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