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理事長だより

vol.88「奇跡の裏側」


日本サッカー史には、今なお語り継がれる一戦があります。

1936年、ベルリンオリンピック。
世界の強豪スウェーデンを相手に、日本は前半2点のビハインドを逆転し、3対2で勝利しました。
世界は、この勝利を「ベルリンの奇跡」と呼びました。
ところが、その見方に異を唱えた人がいます。
日本サッカーを長年取材・研究してきた賀川浩氏です。

「3点は偶然では入らない」。

私は、この一言に、この試合の本質が凝縮されているように思います。
奇跡と呼ばれた勝利の裏側には、体格差という不利を受け入れ、それを乗り越える方法を考え続けた選手たちの知恵と工夫がありました。

FIFAワールドカップ2026では、日本代表サムライブルーの戦いに胸を熱くした人も多かったことでしょう。
予選リーグではスウェーデン代表と対戦し、1対1の引き分けとなりました。あの「ベルリンの奇跡」で世界を驚かせた相手と、時を超えて再び顔を合わせたのです。
当時の日本代表は、サッカー先進国の試合を簡単に映像で見ることができない時代に世界へ挑みました。

外国から技術書を取り寄せ翻訳し、欧米選手との体格差をどう克服するかを考え抜く。
ショートパスを主体とした俊敏なサッカーを磨く。
選手の人数より多くのボールを用意し、一人ひとりがボールに触れる時間を増やして技術を高める。
本番直前には地元ドイツのクラブに惨敗しましたが、その敗戦を徹底的に分析し、限られた時間で戦い方を立て直しました。

何が足りなかったのか。
どうすれば勝てるのか。
その問いを繰り返した末にたどり着いた答えが、スウェーデン戦で花開いたのです。

何が、世界の強豪スウェーデンを破る力になったのでしょうか。
弱点を冷静に見つめる目。
失敗から学ぶ姿勢。
体格差を補う工夫。

何よりも、世界に勝つ方法を考え続けた知恵でした。
だからこそ、人々はその勝利を「ベルリンの奇跡」と呼んだのでしょう。
しかし、その奇跡の裏側には、誰にも見えない努力と、考え抜く力がありました。

この勝利をきっかけに、日本サッカーはさらに発展していくはずでした。
1940年には、次のオリンピックが東京で開催されることも決まっていました。

しかし、時代はそれを許しませんでした。

戦争によって、オリンピック東京大会は中止となり、ベルリンで日本中を歓喜させた選手たちは、競技場ではなく戦場へ送られていきました。

同点ゴールを決めた右近徳太郎選手はブーゲンビル島で。
決勝ゴールを決めた松永行選手はガダルカナル島で。
控え選手だった高橋豊二選手は航空隊での訓練中の事故で。
そして、キャプテンの竹内悌三選手は、終戦後にソ連軍の捕虜となり、シベリアの収容所で亡くなりました。

彼らは、体格で勝る相手にどうすれば勝てるのかを考え抜き、世界を驚かせた人たちです。
その知恵と経験は、本来なら日本サッカーの発展に生かされ、次の世代へ受け継がれていたはずです。
優れた指導者となり、多くの若者を育てた人もいたでしょう。
日本サッカーを、もっと早く世界の舞台へ押し上げた人もいたかもしれません。

しかし、その可能性は戦争によって断ち切られました。
未来を切り拓くために培われた知恵が、未来そのものを失う戦争の中で消えてしまったのです。

その無念を思うと、この出来事を過去の歴史としてだけ受け止めることはできません。

現在もウクライナでは、多くの人々が戦争の犠牲になっています。

その中には、ベルリンの選手たちと同じように、本来なら競技場で夢を追い、子どもたちに夢を与えていたはずのアスリートもいます。

戦争は命だけを奪うのではありません。
夢を奪います。
才能を奪います。
努力を積み重ねる時間を奪います。
そして、その人が築くはずだった未来まで奪ってしまいます。

スポーツにおける戦略とは、相手を打ち負かすためだけのものではありません。
自分たちの弱さを補い、持てる力を最大限に引き出し、未来を切り拓くための知恵です。

勉強も、仕事も、人生も同じではないでしょうか。
自分の現在地を知り、足りないものを補い、失敗から学びながら工夫を重ねる。
考え抜くことは、自分の可能性を広げ、未来を切り拓く力になります。
しかし戦争は、未来を切り拓くはずの人間の知恵を、命と未来を奪うために使わせます。
同じ「戦略」という言葉でも、その知恵を何のために使うのかによって、人の未来は大きく変わるのです。

人間の知恵は、本来、人を生かすために使われるべきものです。
可能性を広げるために。
弱さを補うために。
困難を乗り越えるために。
そして、次の世代へ、より良い未来を手渡すために。

だからこそ、人類が最も知恵を尽くすべきことは、「どう戦争に勝つか」ではなく、「どうすれば戦争を起こさずに済むのか」を考え続けることではないでしょうか。
ベルリンで歴史に名を刻んだ選手たちは、そのことを、時代を超えて私たちに問いかけているように思えてなりません。

考え続ける人に未来は開けます。
そして、その未来を守れるのも、また私たち一人ひとりです。

ベルリンの選手たちが命を懸けて残してくれた教訓を胸に、平和の尊さを忘れない人であってほしいと願っています。

【参考資料・脚注】

・竹之内響介著・賀川浩監修『ベルリンの奇跡―日本サッカー 煌めきの一瞬』(東京新聞)

・日本サッカー協会「日本サッカー殿堂 ベルリンオリンピック日本代表」

・佐々木正明「スウェーデンとの対戦初戦は『ベルリンの奇跡』―チームはシベリア鉄道で移動、選手はその後、悲運の戦死」(Yahoo!ニュース エキスパート)

・賀川浩(1924~2024)
 日本を代表するスポーツジャーナリスト。2007年、日本人として初めてFIFA会長賞(FIFA Presidential Award)を受賞。サッカー専門誌『サッカーマガジン』創刊に携わり、長年にわたり日本サッカーの発展と記録・普及に尽力した。

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