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こんにちは、履正社国際医療スポーツ専門学校 広報部Mです。
野球コースのブログにお邪魔し、大田将也先生のインタビュー第二弾をお届けします。
今回は大田先生のベースボール歴にクローズアップ。野球をする上での基礎になっていることや甲子園予選の思い出など、履正社に進学するまでの軌跡をたどります。
※前回(その1)の記事はこちら
大田先生のプロフィールはこちら
「『絶対打つ』『絶対守る』と、強い気持ちでプレーする」。
――先生が野球を始めたきっかけは?
父の影響です。小さい頃の写真を見ると、だいたいバットかボールを手にしています (笑)。物心ついた頃にはもう野球をやってましたね。小学校1年生のときに、地元の軟式野球のチームに入りました。中学は、はじめ硬式のクラブチームにいたのですがいろいろあって1年の冬に辞め、学校の軟式野球部に。ポジションは、小・中・高の初めまでは主にキャッチャー。高校時代はケガの影響もあり、サードやファーストなどいろんなポジションにいました。
――どんな選手だったんですか。
バッティングが得意でした。野球を始めた頃から専門学校時代まで、ずっと評価してもらっていたと思います。小学校時代のチームが全国有数の強豪で、かなりの練習量でしたし、そこでの経験や監督の教えが僕の野球の大部分、かつ基礎になってるかなと。
――どんなことが基礎に?
技術的なことより、精神的な部分が大きいです。「なにくそ」という気持ちでやれ、と言われていました。「絶対打ったる」「絶対守ったる」という強い気持ちを持つ。どんなに不利な場面でも、どうにかして状況をひっくり返す。そういったことが、野球をする上での基礎にあります。
↑大田先生が監督を務める、履正社ベースボールクラブの練習風景。雨の翌日などグラウンドのコンディションが良くない日は、屋内外でさまざまなトレーニングを行います。
――なにくそ、を発揮したことはありますか。
小学生のとき、全国大会に準ずる試合の決勝で1点差の場面で打席が来たんです。ランナーがいて、僕が外野まで打って越えればサヨナラというシーンで。「絶対決める」という気持ちで結果を出しました。あとは高校生のとき。練習試合で「ここで打って、監督を黙らせてやろう」という状況があり(苦笑)、そこで決めました。
――大田先生は野球の名門、浪速高校出身ですよね。
中学の先生が推薦してくださり、特待生で入学させて頂くことができました。僕がいた頃は基本に忠実な細かい野球でしたね。いわゆるスモール・ベースボール。相手をかき乱すようなプレースタイルで、自分もそこにハマった感じもあり、高1の夏から大会メンバーに選ばれました。技術面に関しては高校で多くを学んだと思います。
――1年生からメンバー入り……どれくらいの中から選ばれたんですか。
1年の夏の時点では、僕を含めて大会メンバーは同学年からは3人でした。部員数は1年生の時は全学年で100人ぐらい。3年の時は120人ぐらいでした。
――熾烈なメンバー争いですね。
入学時、同学年が50人ぐらいいました。だからこそ一球一球が大事で、ひとつひとつのプレーが評価の対象になる。そんな環境でした。競争は厳しかったですが、自分は緊張感があるほうが結果を残せるタイプだったので、合っていたと思います。
↑野球コースの男子チームは、履正社学園と履正社ベースボールクラブ、2つのチームがあります。
――高校時代の野球で、印象に残っていることは。
甲子園の予選ですね。高1の時も出させてもらいましたが、強く印象に残っているのは高2と高3での試合です。高2の夏は、本番前の練習試合で抱えていたケガ (疲労骨折)をぶり返してしまって。スタメンで出られず、痛みがある中を代打で出ました。相手は大商大高校。いい当たりもあったんですが、サヨナラで負けてしまったんです。「もしあのとき、スタメンで試合に出ていたら……」という気持ちが残りました。高3の夏はケガもなくスタメン出場。ヒットも結構打ちましたが途中交替になり、サヨナラ負けしてしまったのをベンチから見ていました。このときの相手は大商大堺です。
――大商大と因縁がありますね(笑)。
そうなんです(笑)。でも、このときの経験が履正社への進学につながっていきました。
――どうつながったんですか。
元々は体育教師になるか、医療の道へ進むかで進学を迷っていました。でも、甲子園予選の試合が不完全燃焼で終わったこともあり、野球を続けたい気持ちがあって。そんなとき、履正社高校の硬式テニス部だった地元の友達が、「専門学校に野球コースがあって、医療も学べるよ」と教えてくれたんです。
次回は最終回。履正社に進学した大田先生の学生生活について。野球と医療の勉強を両立した大田先生は、驚愕のハードスケジュールをこなしていました。
最終回はこちら
【広報Mの取材MEMO】
大田先生が影響を受けた野球人について、聞いてみました。
「野村克也さんの考え方に影響を受けていると思います。中高校生の頃、よく著作を読みましたね。『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』という有名な言葉がありますが、監督をやるようになってより理解できるようになりました。野村さんの言葉は自分自身の野球を振り返っても確かにそうだなぁ、と腑に落ちるんです。『失敗と書いて成長と読む』という言葉からは、打てた時より打てなかった時のほうが気づくことが多かったな、とか。そんな風に野村さんの言葉を解釈しています」。
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