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野球コース

タマミ第三章 「気づくって、なんなんやろ」第6話 気づいても、あえて動かないこともある?

こんにちは、タマミです。

この第三章では、これまで「気づくこと」について、いろいろ考えてきました。

周りをよく見ること。

仲間の小さな変化に気づくこと。

目立たないところで頑張っている人を見つけること。

そして、気づいたことを行動につなげること。

第3話では、「言われる前に動くこと」について考えました。

誰かに言われるのを待つんじゃなくて、自分で考えて一歩踏み出す。

それって、やっぱり大切なことやと思います。

でもね。

最近、私はその反対のことも考えるようになったんです。

「動けるのに、あえて動かずに待つことも、大切なんかな?」

今日は、そんなお話です。

⸻

野球の練習を見ていると、なかなか思うようにいかない選手の姿を見かけます。

何度やっても、うまくできない。

少しずつ工夫しているけど、なかなか結果につながらない。

そんな姿を見ていると、私まで落ち着かなくなることがあります。

「何かしてあげられへんかな。」

「声をかけた方がいいんかな。」

「誰かに相談してみた方がいいんかな。」

困っているように見えると、つい何かしたくなるんです。

でも、その選手の表情を見ていると、ふと思うことがあります。

「今、この子は自分で答えを見つけようとしているのかもしれへん。」

って。

⸻

例えば、ある選手が苦手なプレーを何度も練習していたとします。

失敗して、もう一度やって。

また失敗して、少し考えて。

それでも諦めずに、もう一度挑戦する。

そんな姿を見た時、私はつい「大丈夫かな」って心配になります。

でも、もしその選手が、自分で考えることを大切にしていたら?

今は誰かに答えを教えてもらうより、自分の力で試してみたいと思っていたら?

そこで周りが次々と口を出してしまったら、その子はどう感じるんでしょう。

もちろん、助言が必要な時もあります。

でも、失敗しながら考える時間そのものが、その人にとって大切な練習になっているのかもしれません。

⸻

そう考えた時、私はちょっと不思議な気持ちになりました。

誰かを助けたいと思うのは、優しさやと思います。

でも、助けたいと思ったからといって、必ず自分が何かをしなきゃいけないわけじゃない。

時には、相手の力を信じて待つことも必要なんですね。

でもね。

これって、思っていたより難しいんです。

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何かを手伝う時って、自分が動いていることが分かります。

道具を運ぶ。

声をかける。

一緒に考える。

自分にも「何かできた」っていう実感があります。

でも、見守る時は違います。

すぐに結果が出るわけでもないし、自分が役に立っているのかも分からない。

それどころか、

「ほんまに、このままでいいんかな。」

って不安になることもあります。

だから私は思うんです。

見守ることには、相手を信じる勇気が必要なんやな。

って。

⸻

ここで、第一章の「支えるってなんなんやろ」を思い出しました。

あの時、私は、支えることにはいろんな形があるんやなって考えました。

準備をすること。

声をかけること。

誰かの頑張りをそばで応援すること。

でも今は、そこにもうひとつ加えたい気持ちがあります。

それは、

「相手が自分でできるようになるまで、待つこと。」

です。

誰かの代わりに何かをするだけが、支えることじゃない。

その人が自分の力を発揮できるように、少し距離を置く。

そんな支え方もあるんかなって思います。

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それから、見守ることと、何もしないことは違うとも思います。

例えば、仲間が一生懸命練習している時。

「自分には関係ないから。」

って、そのまま気にしなくなること。

「今は自分で頑張りたいんかな。」

って思いながら、様子を気にかけておくこと。

外から見たら、どちらも手を出していないように見えるかもしれません。

でも、心の中は違いますよね。

見守るって、相手から目を離すことじゃない。

相手の頑張りを大切にしながら、必要な時には支えられるようにしておくこと。

そんな姿勢なんかなって思うんです。

⸻

もちろん、何でも待てばいいわけではありません。

けがにつながりそうな時。

体調が悪そうな時。

助けを求めているのに、一人ではどうにもならない時。

そんな時には、すぐに声をかけたり、先生や周りの人に知らせたりすることが必要です。

見守ることを理由に、助けが必要な人を放っておくのは違いますよね。

だからこそ、相手の様子をちゃんと見ておくことが大切なんやと思います。

⸻

そして、これは練習だけの話じゃない気がします。

例えば、友達が何かに悩んでいる時。

話を聞いてほしい人もいれば、一人で気持ちを整理したい人もいます。

励ましてほしい日もあれば、何も言わずにそばにいてほしい日もあると思います。

そんな時、私はつい、

「元気出して!」

って言いたくなるかもしれません。

でも、相手がまだ落ち込んでいたい時だってありますよね。

無理に元気にさせようとするんじゃなくて、

「話したくなったら、いつでも聞くよ。」

って伝えて、待ってみる。

そんな関わり方も、優しさなのかもしれません。

⸻

第二章では、「ありがとう」について考えました。

誰かがしてくれたことに気づいて、その気持ちを受け取ること。

でも今考えると、私たちが「ありがとう」を伝えたくなる相手って、何かをしてくれた人だけじゃないのかもしれません。

自分の挑戦を信じてくれた人。

失敗しても、急かさずに待ってくれた人。

必要な時まで、そっとそばにいてくれた人。

そんな人にも、いつか「ありがとう」って伝えたくなる気がします。

目に見える行動だけじゃなくて、静かに見守ってくれる優しさもある。

私は、そのことにも気づける人でいたいです。

⸻

ただ、見守ることがいつも正しかったかどうかは、すぐには分からないと思います。

待った方がいいと思ったけど、本当は声をかけてほしかったのかもしれない。

一人で考えたいと思っていたけど、途中から助けが必要になったのかもしれない。

だから、一度「見守ろう」と決めたら終わり、ではないんですよね。

相手の様子が変わったら、自分の関わり方も変えてみる。

分からなかったら、聞いてみる。

その繰り返しが大切なんかなって思います。

⸻

私はマネージャーとして、困っている人がいたら、すぐに動ける人になりたいです。

でも、それと同じくらい、

「この子なら、きっと自分で乗り越えられる。」

って、相手の力を信じられる人にもなりたい。

自分が何かをしてあげることばかり考えるんじゃなくて、相手がどうしたいのかを大切にする。

それって、簡単そうで、なかなか難しいことやと思います。

でも、少しずつできるようになれたらいいな。

⸻

第3話では、気づいたら自分から一歩踏み出すことを考えました。

そして今回は、気づいたからこそ、一歩引いて待つことを考えました。

一見、反対のように見えるけど、どちらにも共通していることがあります。

それは、相手のことを大切に思う気持ちです。

動く勇気も、待つ勇気も。

どちらも、誰かを支えるために必要なものなのかもしれません。

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みなさんは、誰かが頑張っている時、どんなふうに応援していますか?

声をかけること。

手を貸すこと。

そして、信じて待つこと。

いろんな応援の形がありますよね。

私もこれから、何かをしてあげることだけじゃなくて、相手が自分の力で進んでいく時間も大切にしたいです。

「本当の気づく力は、手を差し伸べる時だけじゃなく、相手を信じて待つ時にも生かされる。」

今の私は、そんなふうに感じています。

また次のお話でも、一緒に考えてもらえたらうれしいです。

タマミ

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