
こんにちは、タマミです。
この第三章では、これまで「気づくこと」について、いろいろ考えてきました。
周りをよく見ること。
仲間の小さな変化に気づくこと。
目立たないところで頑張っている人を見つけること。
そして、気づいたことを行動につなげること。
第3話では、「言われる前に動くこと」について考えました。
誰かに言われるのを待つんじゃなくて、自分で考えて一歩踏み出す。
それって、やっぱり大切なことやと思います。
でもね。
最近、私はその反対のことも考えるようになったんです。
「動けるのに、あえて動かずに待つことも、大切なんかな?」
今日は、そんなお話です。
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野球の練習を見ていると、なかなか思うようにいかない選手の姿を見かけます。
何度やっても、うまくできない。
少しずつ工夫しているけど、なかなか結果につながらない。
そんな姿を見ていると、私まで落ち着かなくなることがあります。
「何かしてあげられへんかな。」
「声をかけた方がいいんかな。」
「誰かに相談してみた方がいいんかな。」
困っているように見えると、つい何かしたくなるんです。
でも、その選手の表情を見ていると、ふと思うことがあります。
「今、この子は自分で答えを見つけようとしているのかもしれへん。」
って。
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例えば、ある選手が苦手なプレーを何度も練習していたとします。
失敗して、もう一度やって。
また失敗して、少し考えて。
それでも諦めずに、もう一度挑戦する。
そんな姿を見た時、私はつい「大丈夫かな」って心配になります。
でも、もしその選手が、自分で考えることを大切にしていたら?
今は誰かに答えを教えてもらうより、自分の力で試してみたいと思っていたら?
そこで周りが次々と口を出してしまったら、その子はどう感じるんでしょう。
もちろん、助言が必要な時もあります。
でも、失敗しながら考える時間そのものが、その人にとって大切な練習になっているのかもしれません。
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そう考えた時、私はちょっと不思議な気持ちになりました。
誰かを助けたいと思うのは、優しさやと思います。
でも、助けたいと思ったからといって、必ず自分が何かをしなきゃいけないわけじゃない。
時には、相手の力を信じて待つことも必要なんですね。
でもね。
これって、思っていたより難しいんです。
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何かを手伝う時って、自分が動いていることが分かります。
道具を運ぶ。
声をかける。
一緒に考える。
自分にも「何かできた」っていう実感があります。
でも、見守る時は違います。
すぐに結果が出るわけでもないし、自分が役に立っているのかも分からない。
それどころか、
「ほんまに、このままでいいんかな。」
って不安になることもあります。
だから私は思うんです。
見守ることには、相手を信じる勇気が必要なんやな。
って。
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ここで、第一章の「支えるってなんなんやろ」を思い出しました。
あの時、私は、支えることにはいろんな形があるんやなって考えました。
準備をすること。
声をかけること。
誰かの頑張りをそばで応援すること。
でも今は、そこにもうひとつ加えたい気持ちがあります。
それは、
「相手が自分でできるようになるまで、待つこと。」
です。
誰かの代わりに何かをするだけが、支えることじゃない。
その人が自分の力を発揮できるように、少し距離を置く。
そんな支え方もあるんかなって思います。
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それから、見守ることと、何もしないことは違うとも思います。
例えば、仲間が一生懸命練習している時。
「自分には関係ないから。」
って、そのまま気にしなくなること。
「今は自分で頑張りたいんかな。」
って思いながら、様子を気にかけておくこと。
外から見たら、どちらも手を出していないように見えるかもしれません。
でも、心の中は違いますよね。
見守るって、相手から目を離すことじゃない。
相手の頑張りを大切にしながら、必要な時には支えられるようにしておくこと。
そんな姿勢なんかなって思うんです。
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もちろん、何でも待てばいいわけではありません。
けがにつながりそうな時。
体調が悪そうな時。
助けを求めているのに、一人ではどうにもならない時。
そんな時には、すぐに声をかけたり、先生や周りの人に知らせたりすることが必要です。
見守ることを理由に、助けが必要な人を放っておくのは違いますよね。
だからこそ、相手の様子をちゃんと見ておくことが大切なんやと思います。
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そして、これは練習だけの話じゃない気がします。
例えば、友達が何かに悩んでいる時。
話を聞いてほしい人もいれば、一人で気持ちを整理したい人もいます。
励ましてほしい日もあれば、何も言わずにそばにいてほしい日もあると思います。
そんな時、私はつい、
「元気出して!」
って言いたくなるかもしれません。
でも、相手がまだ落ち込んでいたい時だってありますよね。
無理に元気にさせようとするんじゃなくて、
「話したくなったら、いつでも聞くよ。」
って伝えて、待ってみる。
そんな関わり方も、優しさなのかもしれません。
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第二章では、「ありがとう」について考えました。
誰かがしてくれたことに気づいて、その気持ちを受け取ること。
でも今考えると、私たちが「ありがとう」を伝えたくなる相手って、何かをしてくれた人だけじゃないのかもしれません。
自分の挑戦を信じてくれた人。
失敗しても、急かさずに待ってくれた人。
必要な時まで、そっとそばにいてくれた人。
そんな人にも、いつか「ありがとう」って伝えたくなる気がします。
目に見える行動だけじゃなくて、静かに見守ってくれる優しさもある。
私は、そのことにも気づける人でいたいです。
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ただ、見守ることがいつも正しかったかどうかは、すぐには分からないと思います。
待った方がいいと思ったけど、本当は声をかけてほしかったのかもしれない。
一人で考えたいと思っていたけど、途中から助けが必要になったのかもしれない。
だから、一度「見守ろう」と決めたら終わり、ではないんですよね。
相手の様子が変わったら、自分の関わり方も変えてみる。
分からなかったら、聞いてみる。
その繰り返しが大切なんかなって思います。
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私はマネージャーとして、困っている人がいたら、すぐに動ける人になりたいです。
でも、それと同じくらい、
「この子なら、きっと自分で乗り越えられる。」
って、相手の力を信じられる人にもなりたい。
自分が何かをしてあげることばかり考えるんじゃなくて、相手がどうしたいのかを大切にする。
それって、簡単そうで、なかなか難しいことやと思います。
でも、少しずつできるようになれたらいいな。
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第3話では、気づいたら自分から一歩踏み出すことを考えました。
そして今回は、気づいたからこそ、一歩引いて待つことを考えました。
一見、反対のように見えるけど、どちらにも共通していることがあります。
それは、相手のことを大切に思う気持ちです。
動く勇気も、待つ勇気も。
どちらも、誰かを支えるために必要なものなのかもしれません。
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みなさんは、誰かが頑張っている時、どんなふうに応援していますか?
声をかけること。
手を貸すこと。
そして、信じて待つこと。
いろんな応援の形がありますよね。
私もこれから、何かをしてあげることだけじゃなくて、相手が自分の力で進んでいく時間も大切にしたいです。
「本当の気づく力は、手を差し伸べる時だけじゃなく、相手を信じて待つ時にも生かされる。」
今の私は、そんなふうに感じています。
また次のお話でも、一緒に考えてもらえたらうれしいです。
タマミ
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