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タマミ第7話 【支えてるつもりやったけど】

こんにちは、タマミです。

今日は、「支える」っていうことについて、最近ずっと考えていることを書いてみようと思います。

これまで私は、

支えるって、
誰かのために動くことやと思っていました。

困っていたら助ける。

足りへんものがあったら準備する。

元気がなさそうやったら声をかける。

そういうことが「支える」なんやと思ってたんです。

たぶん今も、それは間違いじゃないと思います。

でもね。

最近、「それだけなんかな」って思うようになったんです。

この前も、練習を見ていた時のことでした。

ある選手が、少し元気がないように見えました。

いつもなら大きな声を出してるのに、その日はなんとなく静かで。

何かあったんかな。

大丈夫かな。

そんなことを考えていました。

話しかけた方がいいんかな。

それとも、一人にしておいた方がいいんかな。

気になって仕方なかったんです。

でも結局、その日は声をかけませんでした。

正直、「これでよかったんかな」って少し不安でした。

ところが次の日。

その選手はいつも通りの表情で練習していました。

後から聞いたら、

「昨日はちょっと一人で考えたいことがあっただけです」

って笑っていたんです。

その時、ふと思いました。

もしかしたら私は、

相手のためと思いながら、

自分が安心したかっただけなんかなって。

声をかけたら安心できる。

何かしてあげたら安心できる。

助けられた気持ちになれる。

でも、それって本当に相手のためなんやろか。

もちろん、声をかけることが必要な時もあります。

誰かの一言に救われることもあるし、

「気にかけてくれてありがとう」って思うこともあります。

私もそういう経験があります。

でもね。

いつも何かをしてあげることだけが、支えることじゃないんかもしれへん。

最近はそんなふうに思うんです。

例えば、

転びそうな人を支えることは大事やけど、

その人が自分で立ち上がる力まで奪ってしまったら違う気もする。

何でも先回りして準備することもできる。

でも、

自分で気づく経験や、

自分で考える機会までなくしてしまったら、

それはほんまにその人のためなんかなって。

支えるって、

思っていたよりずっと難しいです。

近づく勇気もいる。

離れる勇気もいる。

手を差し伸べる勇気もいる。

見守る勇気もいる。

どれが正解かなんて、

その時にならんと分からへんことも多い。

だからこそ難しいんやろうなって思います。

私はマネージャーとして、

「もっと気づける人になりたい」

って思うことがあります。

でも最近は、

「もっと考えられる人になりたい」

とも思うようになりました。

今、この人には何が必要なんやろ。

声をかけることなんかな。

見守ることなんかな。

そっとしておくことなんかな。

そんなことを考えながら関わる方が、

きっと相手のためになるんやろうなって。

正直、まだ答えは分かりません。

たぶん、この先もずっと考え続けるテーマなんやと思います。

でも、ひとつだけ思うことがあります。

支えるって、

「私が何をしたか」よりも、

「その人が前を向けたかどうか」なんかもしれへんって。

私が目立つ必要はないし、

褒められる必要もない。

もし相手が少しでも前に進めたなら、

それが一番うれしいことなんやと思います。

支えるって、

思っていたよりずっと奥が深いです。

だからこそ、

おもしろいのかもしれません。

今日もまた、

周りを見ながら考えてみようと思います。

この人にとって、

今ほんまに必要なんは何なんやろって。

みなさんは、

「支える」って、どんなことやと思いますか?

また一緒に考えてもらえたらうれしいです。

タマミ。

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