
こんにちは、タマミです。
今日は、「支える」っていうことについて、最近ずっと考えていることを書いてみようと思います。
これまで私は、
支えるって、
誰かのために動くことやと思っていました。
困っていたら助ける。
足りへんものがあったら準備する。
元気がなさそうやったら声をかける。
そういうことが「支える」なんやと思ってたんです。
たぶん今も、それは間違いじゃないと思います。
でもね。
最近、「それだけなんかな」って思うようになったんです。
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この前も、練習を見ていた時のことでした。
ある選手が、少し元気がないように見えました。
いつもなら大きな声を出してるのに、その日はなんとなく静かで。
何かあったんかな。
大丈夫かな。
そんなことを考えていました。
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話しかけた方がいいんかな。
それとも、一人にしておいた方がいいんかな。
気になって仕方なかったんです。
でも結局、その日は声をかけませんでした。
正直、「これでよかったんかな」って少し不安でした。
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ところが次の日。
その選手はいつも通りの表情で練習していました。
後から聞いたら、
「昨日はちょっと一人で考えたいことがあっただけです」
って笑っていたんです。
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その時、ふと思いました。
もしかしたら私は、
相手のためと思いながら、
自分が安心したかっただけなんかなって。
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声をかけたら安心できる。
何かしてあげたら安心できる。
助けられた気持ちになれる。
でも、それって本当に相手のためなんやろか。
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もちろん、声をかけることが必要な時もあります。
誰かの一言に救われることもあるし、
「気にかけてくれてありがとう」って思うこともあります。
私もそういう経験があります。
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でもね。
いつも何かをしてあげることだけが、支えることじゃないんかもしれへん。
最近はそんなふうに思うんです。
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例えば、
転びそうな人を支えることは大事やけど、
その人が自分で立ち上がる力まで奪ってしまったら違う気もする。
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何でも先回りして準備することもできる。
でも、
自分で気づく経験や、
自分で考える機会までなくしてしまったら、
それはほんまにその人のためなんかなって。
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支えるって、
思っていたよりずっと難しいです。
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近づく勇気もいる。
離れる勇気もいる。
手を差し伸べる勇気もいる。
見守る勇気もいる。
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どれが正解かなんて、
その時にならんと分からへんことも多い。
だからこそ難しいんやろうなって思います。
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私はマネージャーとして、
「もっと気づける人になりたい」
って思うことがあります。
でも最近は、
「もっと考えられる人になりたい」
とも思うようになりました。
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今、この人には何が必要なんやろ。
声をかけることなんかな。
見守ることなんかな。
そっとしておくことなんかな。
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そんなことを考えながら関わる方が、
きっと相手のためになるんやろうなって。
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正直、まだ答えは分かりません。
たぶん、この先もずっと考え続けるテーマなんやと思います。
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でも、ひとつだけ思うことがあります。
支えるって、
「私が何をしたか」よりも、
「その人が前を向けたかどうか」なんかもしれへんって。
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私が目立つ必要はないし、
褒められる必要もない。
もし相手が少しでも前に進めたなら、
それが一番うれしいことなんやと思います。
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支えるって、
思っていたよりずっと奥が深いです。
だからこそ、
おもしろいのかもしれません。
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今日もまた、
周りを見ながら考えてみようと思います。
この人にとって、
今ほんまに必要なんは何なんやろって。
みなさんは、
「支える」って、どんなことやと思いますか?
また一緒に考えてもらえたらうれしいです。
タマミ。







