CLOSE

BLOG

日常生活(ブログ)

野球コース

タマミ第5話【何もせん方がいい時もあるんかな】

マネージャーをしていると、

「今、この人に何ができるやろ」

って考えることがよくあります。

特に、誰かが落ち込んでいる時。

その姿を見ると、どうしても気になってしまうんです。

元気ないな。

何かあったんかな。

大丈夫なんかな。

そんなふうに思うと、

つい声をかけたくなる。

「大丈夫?」

「何かあった?」

「話、聞こか?」

って。

たぶん、それは心配やから。

力になりたいと思うから。

その人に少しでも楽になってほしいから。

でもね。

ある時、ふと思ったことがあったんです。

支えるって、

いつも声をかけることだけなんかなって。

前に、ひとりでベンチに座っている選手がおった。

練習中のミスが続いていて、
すごく落ち込んでいるように見えた。

いつもなら声をかけていたと思う。

でもその日は、なんとなく違った。

その子は下を向きながら、

何かを考えているように見えたんです。

悔しかったんかもしれへん。

自分自身と向き合ってたんかもしれへん。

だから私は、

結局その日は何も言わなかった。

少し離れた場所で、
いつも通り自分の仕事をしていた。

正直、

それでよかったんかは今でも分からへん。

「あの時、声かけた方がよかったかな」

って思うこともある。

でも後日、その子が何事もなかったように練習している姿を見た時、

人には、

ひとりで整理したい時間もあるんやなって思った。

私自身もそうやから。

落ち込んだ時、

誰かに話を聞いてほしい時もある。

でも、

今はそっとしておいてほしいなって思う時もある。

そんな時に、

何度も「大丈夫?」って聞かれると、

ありがたい気持ちはあるけど、

少し苦しくなってしまうこともある。

だからきっと、

支えるって、

何かをすることだけじゃない。

何もしないことが正解の時もある。

もちろん、

見て見ぬふりをするってことじゃない。

興味がないってことでもない。

ちゃんと気にかけてる。

ちゃんと見てる。

何かあったらすぐ動けるようにしてる。

でも、

今はあえて近づかない。

今はあえて声をかけない。

そんな選択も、

支えることのひとつなんかなって思うようになった。

私は昔、

支えるって「動くこと」やと思ってた。

困ってる人がいたら助ける。

落ち込んでる人がいたら声をかける。

それが正解やと思ってた。

でも最近は、

見守ることも支えることなんやないかなって思う。

だって、

誰かを信じるって、

意外と勇気がいるから。

「この人なら大丈夫」

「今は自分で乗り越える時間なんやろうな」

そう信じて待つことって、

簡単そうで難しい。

すぐに動くことはできる。

でも、

待つことは意外と難しい。

心配やからこそ、

何かしたくなる。

気になるからこそ、

声をかけたくなる。

それでも、

「今は見守ろう」

そう決めるのにも勇気がいるんです。

近すぎてもあかん。

遠すぎてもあかん。

その人にとって、

今何が必要なんやろ。

励ましなんかな。

アドバイスなんかな。

それとも、

何も言わずに隣にいることなんかな。

たぶん正解は、

人によって違うんやと思う。

だから難しいし、

だからこそ考え続けなあかんのやと思う。

まだ私も答えは分かりません。

でもね、

支えるって、

「何をするか」よりも、

「相手のことをどれだけ考えられるか」なのかもしれへんなって、

最近少し思うようになりました。

また、一緒に考えてもらえたらうれしいです。

タマミ。

前の記事 記事一覧
オープンキャンパス 資料請求 LINEで相談