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マネージャーをしていると、
「今、この人に何ができるやろ」
って考えることがよくあります。
特に、誰かが落ち込んでいる時。
その姿を見ると、どうしても気になってしまうんです。
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元気ないな。
何かあったんかな。
大丈夫なんかな。
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そんなふうに思うと、
つい声をかけたくなる。
「大丈夫?」
「何かあった?」
「話、聞こか?」
って。
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たぶん、それは心配やから。
力になりたいと思うから。
その人に少しでも楽になってほしいから。
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でもね。
ある時、ふと思ったことがあったんです。
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支えるって、
いつも声をかけることだけなんかなって。
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前に、ひとりでベンチに座っている選手がおった。
練習中のミスが続いていて、
すごく落ち込んでいるように見えた。
いつもなら声をかけていたと思う。
でもその日は、なんとなく違った。
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その子は下を向きながら、
何かを考えているように見えたんです。
悔しかったんかもしれへん。
自分自身と向き合ってたんかもしれへん。
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だから私は、
結局その日は何も言わなかった。
少し離れた場所で、
いつも通り自分の仕事をしていた。
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正直、
それでよかったんかは今でも分からへん。
「あの時、声かけた方がよかったかな」
って思うこともある。
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でも後日、その子が何事もなかったように練習している姿を見た時、
人には、
ひとりで整理したい時間もあるんやなって思った。
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私自身もそうやから。
落ち込んだ時、
誰かに話を聞いてほしい時もある。
でも、
今はそっとしておいてほしいなって思う時もある。
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そんな時に、
何度も「大丈夫?」って聞かれると、
ありがたい気持ちはあるけど、
少し苦しくなってしまうこともある。
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だからきっと、
支えるって、
何かをすることだけじゃない。
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何もしないことが正解の時もある。
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もちろん、
見て見ぬふりをするってことじゃない。
興味がないってことでもない。
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ちゃんと気にかけてる。
ちゃんと見てる。
何かあったらすぐ動けるようにしてる。
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でも、
今はあえて近づかない。
今はあえて声をかけない。
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そんな選択も、
支えることのひとつなんかなって思うようになった。
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私は昔、
支えるって「動くこと」やと思ってた。
困ってる人がいたら助ける。
落ち込んでる人がいたら声をかける。
それが正解やと思ってた。
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でも最近は、
見守ることも支えることなんやないかなって思う。
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だって、
誰かを信じるって、
意外と勇気がいるから。
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「この人なら大丈夫」
「今は自分で乗り越える時間なんやろうな」
そう信じて待つことって、
簡単そうで難しい。
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すぐに動くことはできる。
でも、
待つことは意外と難しい。
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心配やからこそ、
何かしたくなる。
気になるからこそ、
声をかけたくなる。
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それでも、
「今は見守ろう」
そう決めるのにも勇気がいるんです。
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近すぎてもあかん。
遠すぎてもあかん。
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その人にとって、
今何が必要なんやろ。
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励ましなんかな。
アドバイスなんかな。
それとも、
何も言わずに隣にいることなんかな。
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たぶん正解は、
人によって違うんやと思う。
だから難しいし、
だからこそ考え続けなあかんのやと思う。
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まだ私も答えは分かりません。
でもね、
支えるって、
「何をするか」よりも、
「相手のことをどれだけ考えられるか」なのかもしれへんなって、
最近少し思うようになりました。
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また、一緒に考えてもらえたらうれしいです。
タマミ。







