大会が終わって、数日。

朝起きても、体が勝手に練習モードにならへん。
グラウンドに行く理由がなくなる。
グループLINEの通知も、少しずつ減っていく。
あんなに毎日やりとりしてたのに、
気づけば、それぞれの生活が動き出してる。
そこで初めて実感するんよな。
「あ、もう一緒に走られへんねんな。」って。
ある先生が言ってた。
引退の瞬間、一番つらそうにしているのは、
結果そのものよりも、
“仲間と同じ目標に向かえなくなること”やって。
ほんまにそうやと思う。
毎日同じ時間に集合して、
同じアップして、
同じ練習して、
同じ勝利を目指してた。
「次は絶対勝とうな」
「今日きつかったな」
そんな言葉を交わす日常が、急に終わる。
あの一体感は、もう戻らへん。
それが、ほんまに寂しい。
「負けたこと」が悔しいんやない。
「終わったこと」がつらいんやない。
“このメンバーでやれる時間が、もうない”ってことが、
じわっと胸に残るんや。
帰り道が、やけに静かやったり。
ユニフォームを洗うとき、なんか手が止まったり。
「もう次はないんやな」って、
現実が少しずつ染みてくる。
でもな。
ある指導者は、こう言ってた。
「すべての出来事は、人生の通過点や」って。
正直な。
引退直後にこの言葉を聞いても、
きれいごとにしか聞こえへんかもしれへん。
だって、その時間は、
自分にとって“すべて”やったから。
青春そのものやったから。
せやけどな、
ちょっとだけ考えてみてほしい。
仲間と過ごした時間は、
消えたんちゃう。
形が変わっただけや。
同じ目標には、もう向かえへん。
同じユニフォームで並ぶことも、ないかもしれへん。
でもな、
同じ時間を生きた事実は、なくならへん。
あの夏の走り込み。
息が上がっても、横見たら仲間がおったこと。
あのミスで泣いた日。
誰も責めへんと、背中叩いてくれたこと。
あの勝利の瞬間。
抱き合って叫んだ声。
全部、消えてへん。
全部、あんたの中に残ってる。
引退はな、
仲間との物語が終わる日やない。
章が変わる日や。
一緒に走ることは終わっても、
一緒に本気で頑張った時間は、
一生なくならへん。
それはな、
これからの人生で、必ず支えになる。
せやからな、
「もう一緒に野球できへん」って泣いてええ。
強がらんでええ。
その涙は、
ちゃんと本気やった証や。
適当にやってたら、
あんなに寂しくはならへん。
本気やったから、
終わりがこんなにも重い。
でもな、
その本気は、
次の場所でも、必ずあんたを支える。
仲間と走ったあの時間は、
これからのあんたの土台になる。
まだ終わりちゃうで。
ユニフォームは脱いでも、
物語は続く。
そしてな、
あの時間があったあんたは、
もう次の章を歩ける強さを持ってる。
タマノスケは、そう思ってるで。







