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最後の大会が終わった日。
勝っても、負けてもや。
グラウンドを出るとき、
なんとも言えへん空気が流れる。
さっきまで、あんなに声出して、走って、
全力で白球追いかけて、
仲間と肩ぶつけ合ってたのに。
気づいたら急に、
世界が静かになる。
音が消えるわけやないのに、
なんか、自分の中だけが
シン…ってなるんよな。
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ある先生が、こんなことを言ってた。
大会が終わった瞬間、
生徒たちはどこか空っぽな表情になる、って。
つらいのは結果そのものよりも、
「もうこの仲間と同じ目標に向かって走れない」
その事実なんや、と。
ほんま、それやと思う。
負けた悔しさもある。
勝ったとしても、やっぱり寂しさはある。
でもな、
じわっと効いてくるんは、
“次がない”という現実や。
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朝練もない。
放課後の集合もない。
ミーティングもない。
あの円陣も、あの声かけも、もうない。
当たり前やった毎日が、
急に終わる。
ポッカリ空いた時間。
静かすぎる放課後。
「オレ、今日なにしたらええんやろ…」
そんな気持ちになるやつ、
めちゃくちゃ多いねん。
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ある生徒は、引退直後こう言ったらしい。
「もう自分には、何も残ってない気がします。」
部活中心の生活やった分、
自分の軸がなくなったみたいに感じる。
分かるで。
野球が毎日やったやろ?
野球のために早起きして、
野球のために我慢して、
野球のために喜んで、泣いて。
それが急になくなったら、
そら、空っぽにもなる。
それ、ほんまに普通や。
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ある指導者もな、
現役を終えたとき、
同じような喪失感を味わったって言うてた。
「自分は何を支えに生きればいいんだろう」
本気で、そう思った時間があったって。
強い人でも、そうなる。
ちゃんと頑張ってきた人ほど、
その“空白”は大きい。
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でもな。
ここで、タマノスケは一つだけ言いたい。
その空っぽの時間、
無駄ちゃう。
むしろな、
その“何もない感覚”こそが、
次の自分をつくる準備期間なんや。
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ずっと走ってきたやろ?
目標があって、
練習があって、
やるべきことが決まってた。
でも今は違う。
自分で考えなあかん。
自分で次を探さなあかん。
そのための“静けさ”なんや。
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今はまだ信じられへんかもしれへん。
「いやいや、そんな前向きに思われへんわ」
ってやつもおるやろ。
それでええ。
無理に前向かんでええ。
寂しいなら、寂しいでええ。
悔しいなら、悔しいままでええ。
ただな、覚えといてほしい。
物語は、ここで終わらへん。
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引退は、確かに一区切りや。
でもな、
終わりやない。
ゴールちゃう。
まだ第1章が終わっただけや。
野球を通して手に入れたもん――
我慢する力。
仲間を思う心。
最後までやり切った経験。
それ、消えてへん。
ちゃんと、あんたの中に残ってる。
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急に世界が静かになったその日から、
実はもう、
次の章は、
静かに始まってる。
今はまだ、プロローグみたいな時間や。
焦らんでええ。
この静けさの中で、
次に踏み出す一歩を探していこか。
引退はゴールちゃう。
ここからが、
ほんまのスタートやで。







