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「ほんまはこっちの道に進みたいけど、親に反対されそうで怖い」
「周りはもう進路決めてるのに、自分だけ止まってる気がする」
「考えれば考えるほど、将来が分からんくなってきた」
――こんな声、タマノスケはよう聞く。
たぶんこれ読んでるあんたも、どこか一つは当てはまってるんちゃうかな。
まずな、これだけはハッキリ言わせてほしい。
悩んでる時点で、あんたはもうちゃんと前を向いてる。
ほんまにどうでもよかったら、人は悩まへん。
不安になるのは、焦るのは、
それだけ自分の人生を雑に扱いたくないって思ってる証拠や。
せやから、「迷ってる自分」を責める必要なんて、どこにもない。
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あるとき、こんな相談をされたことがある。
「自分はこの仕事に興味あるんです。でも、親は全然違う道を勧めてきます」
その子はな、怒ってたわけでも、反抗したいわけでもなかった。
ただ、“自分の気持ちを大事にしたい”だけやった。
でも同時に、
「期待を裏切ったらどうしよう」
「わがままって思われたら嫌やな」
そんな気持ちも抱えてた。
そのときタマノスケは、こう伝えた。
「親ってな、あんたが思ってる以上に、あんたの味方やで」
「今は反対されるかもしれん。でも時間がたったら、ちゃんと見てくれる」
「それより、自分の気持ちにウソつくほうが、あとでずっとしんどなる」って。
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進路で一番つらいのはな、
「失敗すること」やなくて、
「人のせいにしてしまうこと」やと思う。
「親に言われたから」
「周りがそうやったから」
そうやって選んだ道でしんどくなったとき、
自分の気持ちの置き場がなくなる。
逆に、
「怖かったけど、自分で決めた」
そう言える選択は、たとえ遠回りになっても、ちゃんと自分を支えてくれる。
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そもそもな、
最初から“やりたいこと”が決まってる人なんて、ほんの一握りや。
多くの人は、
迷って、試して、違うと思って、また考えて、
その繰り返しの中で、少しずつ「これかな」って形を作っていく。
やりたいことは、
見つけるもんやなくて、育っていくもんなんや。
今はまだ名前がついてへんだけ。
「ちょっと気になる」
「なんか楽しそう」
その程度の感覚でも、十分すぎるほどのスタートやで。
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未来が怖いのは、当たり前や。
正解なんて、誰にも分からん。
でもな、正解は“選ぶもの”やなくて“作るもの”や。
進んだ先で、
「この道でよかった」って思えるように、
あとから意味を足していけばええ。
それができるのは、
自分の“今の気持ち”を無視せえへんかった人だけや。
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焦らんでええ。
比べんでええ。
進路ってな、
「これを選んだら一生変えられへん」もんとちゃう。
社会に出てからも、
方向転換はいくらでもできるし、
遠回りが強みになることだって、ようある。
せやからこそ、
“今の自分が信じられる道”を選んだらええ。
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迷ったままでもええ。
立ち止まってもええ。
それでも前を向こうとしてるあんたは、
もうちゃんと進んでる。
ほな、今日もぼちぼちいこか。
タマノスケは、ちゃんと横で見てるで。







