島 樹

第7回 島 樹

photographs by Naohiro Kurashina

いつも誰かを支えたい。

健常者、障がい者を問わず、身体機能の回復を願う者にとって、
理学療法士は居なくてはならない「伴走者」である。
そしてそれは、第一線のアスリートにとっても変わらない。
20年のキャリアを誇る二人三脚のプロが、そのやりがいを語る。

2017年9月15日

「理学療法士」という職業は、身近に感じる人とピンとこない人とが真っ二つに分かれる仕事のひとつだろう。医療関係者だということは字面から推測できても、具体的に何をするのかは知らないという人も多いかもしれない。大病を患ったり、入院を要するような大ケガを負ったりすればお世話になるが、無病息災の健康体ならば接する機会はほとんどないからだ。

「たとえば交通事故にあって、足を複雑骨折したとしましょう。骨がくっつくだけでは、事故にあう前の正常な状態に戻ったとは言えません。骨がくっついて、さらに立ったり歩いたりといった日常の動作をスムーズに行えるようになって、はじめて快復したと言えるわけです。医師も理学療法士も国家資格を持つ医療従事者ですが、大まかに分ければ、ボルトで骨を固定するなどの外科的治療は医師の職分。それに対して、歩行訓練などで日常動作を行えるところまでもっていく、リハビリテーションの領域を担当するのが理学療法士です。当然、患者さんひとりひとりに接している時間も、医師より圧倒的に長くなります」

 医師と理学療法士の違いを分かりやすく説明してくれたのは、履正社医療スポーツ専門学校理学療法学科の元教員で、現在は講師を務める島樹さんだ。大阪市内の訪問看護施設の所長としてリハビリの最前線で活躍する、現役バリバリの理学療法士でもある。

「小学校時代の恩師のお子さんが脳性まひを患っていたんです。寝たきりでもおかしくない重度の障害なのに、訓練施設でリハビリを一生懸命やったおかげで、車イスに乗って自力で動けるようになったんですね。そんな実例を知っていたので、リハビリの効果って凄いんだなというのが頭にありました。だから自分の将来について考えたころ、理学療法士という選択肢がパッと思い浮かんだんです」

履正社の人:島 樹
もう一度学生時代に戻れるならば……。

 高校卒業後の1992年、藍野医療技術専門学校(現藍野大学)に入学。「授業についていくのがやっとでした」と、苦笑いしながら専門学校時代を振り返る。

「専門学校で最初に学ぶのは基礎医学。生理学や解剖学といった人体構造を学ぶわけですが、基礎とはいえ専門性の高い内容ですからね。授業についていくのにいっぱいいっぱいでした。それに、私が通っていた学校は3年制で、駆け足でカリキュラムを消化していくだけで大変でした。アルバイトをやっていたし、ラグビー部にも所属していたので時間のやり繰りが大変で……いつ勉強していたんだろう(笑)。その点、履正社医療スポーツ専門学校は、4年間かけて検査やリハビリなどを現場実習を通してじっくり学べるので、理想的な環境だと思います。もう一度学生時代に戻れるならば、絶対にこちらを選びます」

 1995年に晴れて国家試験に合格し、理学療法士の資格を取得。大阪市内にある障がい者施設に就職し、リハビリの現場に立った。

「リハビリが必要な患者さんというのは、交通事故などでケガをされた人もいれば、身体機能が衰えてきた高齢者、生まれつき四肢に障害を持つ人など千差万別です。教科書通りの対応ではうまくいかない患者さんも大勢いらっしゃいます。足のリハビリが必要だけども、心臓に疾患があるせいで強度の高い歩行訓練はできないという患者さんには、ストレッチやマッサージを重点的にやってみる。患者さんの症状や体力に合わせて、リハビリのメニューを考えるわけです。学校で勉強するのはあくまでも基礎で、それはもちろん大事ですが、応用は現場に出てみないと学べません」

めぐってきた大きなチャンス。

 理学療法士の働き場所は病院や、島さんが勤めるようなリハビリ専門施設が主だが、実はスポーツの現場で必要とされることも多い。ケガをした場合のケアだけでなく、身体機能の向上という点でも理学療法士の見識は役に立つからだ。スポーツトレーナーとして働く際にも、必ずしも医療国家資格は要らないが、理学療法士の資格を持っていたほうが自分の「プラスアルファ」になることは明らかだ。

「子供の頃から水泳やバスケットボールをやっていましたし、専門学校時代からゆくゆくはスポーツの現場で働いてみたいと思っていましたが、まずは理学療法士として勤務経験を積まないと難しいということは分かっていました」

 障がい者施設で働きながら、機会をうかがっていた島さんにチャンスがめぐってきたのは1997年。地元・大阪で開催された全国身体障がい者スポーツ大会に参加する大阪府選手団水泳チームがスポーツトレーナーを募集したのだ。

「私にピッタリの仕事だと思いました。まだ職歴2年目のド新人で経験不足は承知していましたが、やる気だけは十二分にありました」

 島さんの熱意が伝わり、水泳チームのトレーナーとして見事採用された。それまでの障がい者施設での仕事は続けながら、チームの練習や大会のときには馳せ参じる。ダブルワーク、いわゆる掛け持ちである。

「職場で接しているのは、まずは立てるようになろう、トイレまで歩けるようになろうという患者さんがほとんど。日常生活に必要な動作を自分の力でできることに、目標を置いています。ひるがえってアスリートたちはその段階はクリアしていて、もっと速いタイムを出したい、パフォーマンスを向上させたいという目的意識を持っています。そのためには、自分の使える部位を、健常者以上に使えるところまで持っていく必要があります。たとえば両腕がない平泳ぎの選手は、上半身を思い切り反って息つぎをするので、背中や腰の筋肉をより強化する必要があるし、負担も大きくなるから入念なケアも必要になってきます。選手それぞれの身体的特徴を考慮に入れて、トレーニングなどの課題を設定し、メダルやタイムといった目標に向かって二人三脚で取り組んでいく。普段の仕事でも患者さんが快方に向かうと嬉しいですが、それとはまた違った充実感や達成感がスポーツの現場にはありましたね」

履正社の人:島 樹
パラリンピックに3大会連続で帯同。

 献身的な働きぶりが評価された島さんは、大会後もスポーツとの関わりを深めていく。2003年には関西学院大学水上競技部のチーフトレーナーに就任し、2006年には日本身体障がい者水泳連盟技術委員に就いた。障がい者スポーツ世界最大の祭典であるパラリンピックにも、2008年北京、2012年のロンドン、そして昨年のリオ大会と3大会連続で帯同し、競泳の日本代表選手たちをサポートしてきた。

「障がい者スポーツに関わっていると、人間の可能性というものが無限であると思い知らされます。たとえば肩の可動域が、健常者ではありえないところまで広がったりしますから。その中でも最高峰のパラリンピックでは、やはり世界のトップレベルをまざまざと見せつけられました。中国に、両腕のない背泳ぎの世界チャンピオンがいるのですが、腕がないにもかかわらず、彼の背泳ぎは本当に魚のようになめらかなんです」

 そんな島さんのキャリアの中で重要な転機となったのが、アスレティックトレーナー資格の取得だったという。

「スポーツの現場に深く関わるようになるにつれ、トレーナーとしての実力不足を感じる場面が多くなってきました。2006年に南アフリカで開催されたパラ水泳の世界大会に日本代表チームのトレーナーとして帯同したのですが、時差ボケ対策がきちんとできなかったりして、選手たちの最高のパフォーマンスを引き出せなかったという後悔がありました。理学療法士としてのキャリアはそれなりに積んできましたが、トレーナーとしての知識をあらためて体系立てて学ぶ必要があるなと思ったんです。そこで日本体育協会が主催する講習会に参加して、アスレティックトレーナー(AT)の資格をとりました。これは日本体育協会の公認資格で、国内のトレーナー資格としては最高峰のものです。日本代表クラスのトップアスリートのトレーナーになりたいのであれば、この資格は必須でしょうね」

理学療法士+ATという道。

 島さんは活動実績や実務経験が評価され、日本障がい者スポーツ協会からの推薦で日本体育協会の集中講義を年に数回受講し、ATの受験資格を得ることができたが、同資格を取る最も一般的な手段は学校で学ぶことだ。

「日本体育協会の認定校で勉強したのち、試験に合格するのが一番の近道です。その点、履正社医療スポーツ専門学校で4年間学べば、国家資格である理学療法士と、日本体育協会公認のAT、両方の資格を取得できます。アスリートのパフォーマンスを向上させるためのトレーニング指導がATの主な役割ですが、スポーツ現場ではケガのケアや予防、リハビリの知識も求められます。そのあたりは理学療法士の得意分野ですし、両分野を並行して勉強するのは効率がいい。理学療法士とAT、それぞれの知識が互いに必ず役立ちます。それに国家資格や公認資格というのは、持っていないと困ることはあっても、持っていて損になることはないですからね。テストの問題は実務経験の有無に関わらず同じですから、記憶力がいい若いうちに受験したほうが有利……かもしれません(笑)」

 医療の現場、スポーツの現場。島さんにとって、その重要性は等しいものだ。

「自分には何かを成し遂げる力はありませんが、サポートすることならできる。リハビリを頑張る患者さん、記録に向かって頑張る選手たち。私にとっては、どちらも大切です」

 毎日、誰かを支えている島さんの両腕は、たくましくて力強い。

履正社の人:島 樹

しま・たてる
1967年9月25日、大阪府大阪市生まれ。府立今宮高校卒業後、社会人経験を経て、藍野医療技術専門学校(現・藍野大学)理学療法学科に入学。卒業後の97年、全国障がい者スポーツ大会の大阪府選手団水泳チームのトレーナーとして帯同し、2003年から関西学院大学水上競技部のチーフトレーナーをつとめている。06年、日本身体障がい者水泳連盟の技術委員に就任。08年北京パラリンピック、12年ロンドンパラリンピックでは日本選手団水泳チームのトレーナーとして、16年リオパラリンピックには日本代表の中村智太郎選手の専属トレーナーとして大会に帯同した。15年から17年まで履正社医療スポーツ専門学校理学療法学科の教員。現在は西大阪訪問看護ステーションサテライト大正の所長をつとめるかたわら、同校に非常勤講師としてかかわっている。好きなアーティストはTUBE。「つい先日も、横浜スタジアムのコンサートに行ってきました。前田亘輝さんの伸びやかで爽やかな『夏を感じる』歌声が好きですね」

写真/倉科直弘 文/芦部聡

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