Soccer Course
茨木キャンパス

サッカーコース

卒業生インタビュー

去石 侑矢さん

1997年、岩手県生まれ。グルージャ盛岡のジュニアユース、県立不来方高校を経て、本校を卒業後の2018年、株式会社ガンバ大阪に入社。現在はガンバ大阪ジュニアスクールU―11と幼児クラスのスクールコーチを担当している

  • サッカーコース 2018年卒業
  • ガンバ大阪ジュニア監督
インタビューを読む

憧れの指導者を
めざして。

高校生の頃の夢は何でしたか?
「ずっとサッカーのコーチをしたいと考えていました。自分がサッカー以外の仕事につくイメージがあまり湧かなかったので、大学でサッカーをしようとも思いましたが、じゃあその先どうなるんだろう、と考えて。小学校の時に憧れていたコーチのようになりたい、と思って専門学校を選びました」
履正社を選んだ理由を教えてください。
「ガンバ大阪、セレッソ大阪、ヴィッセル神戸といったJリーグクラブへの就職実績が圧倒的だったことと、レベルの高い大阪府社会人リーグで戦える環境があること、高祖先生のように元Jリーグの監督を務めた指導者がいること。その辺りが理由です」
学生時代は、どんな生活を送っていましたか。
「午前中はサッカー実技の授業で、夕方からは座学の授業、放課後は大阪のサッカークラブで小中学生を対象に指導のアルバイトをしていました。在学中に、コーチングライセンスのC級、審判員3級、キッズリーダー、それから日本スポーツ協会のインストラクターの資格を取りました」
アルバイトで指導をしてみて、感じたことは何ですか?
「子どもがかわいいということです(笑)。あと、自分が本当に奥深くまで考えてサッカーをしていなかったということを痛感しました。子どもへの伝え方も、本当に噛みくだいて伝えないと伝わらない。その難しさも感じました」

最も記憶に
残っている言葉。

専門学校で受けた指導で、記憶に残っていることはありますか。
「サッカーに対する向き合い方が変わりました。高祖先生がよく『サッカーは日々進化しているから、指導者が進化するのをやめたらそこで終わりだよ』とおっしゃっていました。その言葉は今、ガンバに入ってからもよく思い出します」
お仕事上のやりがいを教えてください。
「年間通して指導をする中で、子どもたちが上手くなったなと感じる時だったり、一年前は公式戦でボロボロに負けていたチームに勝ったりして結果が出ると、やっぱり嬉しいですね。日々、子どもたちの伸びしろはすごいなと実感しています。彼らにもっとサッカーを好きになってもらうためにも、これからも『伝わる指導』を心がけ、早く偉大な指導者の先輩方に追いつきたいなと思います」
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三澤 晃彦さん

1985年、大阪府生まれ。清明学院高校を卒業後、2004年にサッカーコース入学。卒業後、海外のブランドを取り扱うアパレルショップや貿易会社での勤務を経て、2014年フランスに移住。2018年、サッカー留学を斡旋するFoot Japonを起業した

  • サッカーコース 2006年卒業
  • フランスサッカー留学 Foot Japon 代表
インタビューを読む

サッカーを通じて
世界を知りました。

三澤さんはヨーロッパにお住まいですが、海外に興味を持ったきっかけは何ですか?
「明確に意識をしたのは中学2年の時です。当時フランスワールドカップがあって、大会後、中田英寿選手がイタリアに移籍しました。中田選手の活躍を通じて色んな国のサッカーや街の風景を知ったことで、海外への憧れが一気に強くなりました」
履正社に入学した理由を教えて下さい。
「当時イタリアとオランダの海外研修があって、それがすごく魅力的だったからです」
その研修で印象に残っていることは。
「イタリアでは中田選手もプレーしたペルージャに行き、オランダでは小野伸二選手の試合も観ました。その中で一番覚えているのが、カフェでイタリア語でコーヒーを頼んだらそれが通じたこと。『ウンカフェ、ペルファボーレ』って言っただけですが、海外で初めて自分の言葉でコミュニケーションが取れた瞬間でした。あの成功体験があったから、今があると思っています」
サッカーを仕事にしたい人にとって、語学はどれほど重要ですか?
「たとえばコーチやトレーナーが海外留学をするとしても、言葉がわからなければ、それは留学じゃなくて見学。双方向の良いコミュニケーションがなければ、良い結果にはつながらないと思います」

マクドナルドで
毎日5時間粘った

履正社を卒業してからの歩みについて簡単に教えて下さい。
「まずはイタリアやフランスなどの商材を扱うアパレルの業界に入りました。キャリアアップのために、海外で買い付けをするバイヤー職を希望していましたが、語学力がないといつまで経っても海外にいけないので、25歳で会社を辞め、フィリピンやカナダに語学留学しました」
まず英語を学んだんですね。
「その後20代後半になって、ヨーロッパで留学の会社がやりたいなと思った時に、自分の好きな伝統文化やサッカーがあったのがフランスでした。それで日本で半年間必死にフランス語を勉強しました。マクドナルドで連日、コーヒー1杯で5時間粘って(笑)。それからフランスに移住し、語学学校に通いながら、下部リーグでプレーも続けました。サッカーを続けたおかげで人脈が広がり、今の仕事にもつながっています」
今後の目標は。
「これからもヨーロッパでコネクションをもっと広げて、履正社と海外の橋渡しをしていきたいと考えています」
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先輩VOICE

浅野 裕也京都外国語大学西高等学校 出身
株式会社山藤 京都紫光サッカークラブ(所属チーム)

同じ高校の同級生が履正社に決定していて、履正社について話を聞いてみるとサッカーについて学べることを知り入学することを決めました。サッカーをいろいろな角度から学ぶ中で、大切なのはプレー技術だけではないと感じました、そして、サッカーに対する考え方も変わりました、現在、社会人チームのある会社に就職した私は、仕事とサッカーを両立させているのですが、自分たちがどこまでやれるか楽しみです。夢はリーグの優勝と天皇杯出場です。

中島 愛日ノ本学園高等学校 出身
NPO法人 TENアスリード
(大阪桐蔭アスリートクラブ フラミンゴSC U-15)

高校時代にサッカーを通じて学んだことが多く、そのサッカーを仕事にしたいと思い履正社を志望しました。履正社では実技や実習が充実していたことに加え、サッカー関係の方とのつながりが増えました。現在サッカークラブで女子サッカーの指導をしているのですが、履正社で学んだことが実践でき感謝しています。これからも女子サッカーの普及と育成に貢献できるようにがんばります。履正社では、人とのつながりの大切さが学べます。

目 佳緒理大阪市立工芸高等学校 出身
加茂商事株式会社 勤務

サッカーに携わる仕事に就きたいと考えていた私は、履正社だとその夢が叶えられると思い入学しました。在学中は、サッカー実技だけでなくさまざまなビジネス関係の資格の勉強ができたことが、就職してからとても役に立っています。今はサッカーのプロショップに勤めているのですが、将来は英会話を習い話せるようになり、Jクラブチームで働きたいと思っています。履正社では2年間サッカー漬けの毎日になると思いますが、とても良い経験ができると思います。

武部 陽介岡山県立水島工業高等学校 出身
尼崎市役所 保育課・杭瀬保育所 勤務
J1担当副審 2015年度~

現在私は尼崎市役所に勤務し、一方でJ1担当副審としてサッカーのピッチに立っています。履正社に入学したのは、審判資格を取得するうえでサッカーに関するさまざまな基本が学べると感じたから。実際入学すると選手・審判・指導者・トレーナー・運営などを学ぶことができ、今審判をするうえでそれぞれの立場になって考えられるようになりました。さらに技術や人間性を磨き、オリンピックやワールドカップを担当する審判員になりたいと思っています。

  • 大学教育学専攻
  • NOW AND HERE 履正社卒業生の今。