Baseball Course
箕面キャンパス

野球コース

卒業生インタビュー

栁川 浩大さん

1996年、大阪府生まれ。小学校3年生で野球をはじめ、益田東高校では県ベスト4。ポジションはキャッチャー。履正社医療スポーツ専門学校では阪神園芸での実習・アルバイトを精力的にこなし、春・夏の甲子園を2年連続でサポートした

  • 野球コース 2016年卒業
  • 阪神園芸株式会社 勤務
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甲子園球場の
〝守り神〟として。

お仕事の内容について教えて下さい。
「阪神甲子園球場と鳴尾浜球場のグラウンド整備と芝生の管理をしています。試合中、選手が動けば土も動くので、ケガ無くプレーができるようしっかり整備するのが私の仕事です。日によって、天候や気温も違いますし、水分の抜け具合や土の締まり具合も違います。感覚が大事な世界ですね。責任も感じますが、好きなことができているのでやっぱり面白いです」
仕事中、心掛けていることは?
「試合中は、三回、五回、七回と整備に向かいます。時間が限られているので、どこを直すべきか的確に考えて行動するようにしています。試合中も、モニターでボールの跳ね具合をチェックしたりしますね。あと、選手それぞれの要望を聞いて、『こうして』と言われた時はすぐ動けるようにしています」
やりがいを感じるのはどんな時ですか。
「土砂降りの雨でグラウンドがぐちゃぐちゃになった日がありました。何とか試合ができるよう整備した時、相手チームのスタンドから『阪神園芸さんありがとう』って聞こえた。この仕事をしていて良かったと思いましたし、すごく嬉しかったですね」

「何か野球に
恩返しができたら」

履正社へ進学を決めた理由は?
「就職か進学か迷っていた時に、監督さんから『履正社はどうだ』って紹介されました。それで学校の見学に行った時、履正社の先生が『この学校は野球だけじゃないぞ。医療の資格も取れるし野球に関わる仕事にも就ける』と、いろんな話をしてくださいました。阪神園芸についてもその時に伺ったんです。自分自身、何か野球に恩返しができたらと思って入学を決めました」
学生生活で印象に残っていることは。
「野球コースには、全国から色んな学生が集まってきます。名門校出身もいたので、それぞれの高校の話をしてよく盛り上がりました。あと、専門学生は社会人野球に登録して大会に出るんですが、高校野球の時と比べて球速が全然違っていました。これまでと違ったレベルでプレーできたことは良かったです。ただ、やっぱり印象深いのは、阪神園芸にアルバイトや実習へ行かせてもらったことです。夏の甲子園の時なんかは、客席からの歓声が本当にすごいんですよ。ちょっとの距離なのに、先輩方と会話ができないぐらい。圧倒されます。その経験が、今の自分に活かされています」
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中村 風香さん

1994年、北海道生まれ。北海高校卒業後、本校野球コースから理学療法学科に内部進学。整形外科に勤めるかたわら、日本を代表する国際公式記録員の一人として、野球とソフトボールの国際大会に数多く派遣されている

  • 野球コース 2015年卒業/理学療法学科 2018年卒業
  • 全日本野球協会公認 国際公式記録員
  • 理学療法士
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野球を支える
「日本代表」に。

高校時代の夢は何でしたか?
「野球部のマネージャーをしていて、裏方で野球を支える楽しさを感じていました。だから将来も野球に携わる仕事をしたいな、と。それだけ考えていました」
どうして故郷の札幌を離れ、大阪の履正社に進学したんでしょう。
「野球を探究できる環境と、医療国家免許など様々な資格を取れる環境があったからです。でも、まさか自分が国際公式記録員として世界を飛び回り、理学療法士になるなんて履正社に入った頃は想像もしていませんでした。そういう引き出しがたくさんあるところが、履正社の強みだと思います」
2019年は、国際公式記録員としてどんな大会に派遣されましたか?
「オランダのソフトボール五輪予選、アメリカのU―18ソフトボールワールドカップ、カナダのソフトボール五輪予選、台湾でのプレミア12です。野球とソフトボールは国際式のスコアが一緒なので、ソフトボールの試合もよく担当します」
履正社は日本で唯一、全日本野球協会公認の国際公式記録員養成の認定校です。今、国際公式記録員は日本で何人くらい活動しているのですか?
「実際に海外に派遣されるレベルで活動しているのは、私を含めて国内に2人しかいません。日本の高校野球とプロ野球で採用されているスコアのつけ方と、国際的に使われているスコアのつけ方は違っていて、用語も違います。今は履正社で後進を育成する授業も担当しており、近い将来に数名、国際公式記録員の資格を取ると思います」

好きなことを
とことんやっていたら。

メディカルアスリート専攻を選択し、理学療法士の国家免許を取った理由は?
「マネージャーとして、野球をしているアスリートたちを間近で見てきているので、やっぱりチーム内で怪我をしている選手が多かったりすると『もっと力になれたらいいな』と自然に思いました。身体の動きに対する専門性が高いことと、病院で働けるという魅力もあって、理学療法士の資格取得を選びました」
後輩へのメッセージをお願いします。
「私は野球や医療が好きで、好きなことをとことんやっていたら今の仕事に就くことができました。だからまず好きなことを見つけて、チャンスがあればつかみに行ってほしいと思います。何でも、やろうと思えばいくらでも奥深く行けますから」
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先輩VOICE

岩田 祐幸広陵高等学校 出身
株式会社ヒマラヤ 勤務

広陵高校で野球に打ち込み、卒業後は地元大阪に戻って履正社に入学。医療やスポーツビジネスも学び、スポーツと仕事の関係を理解していく中で、現在の職場に就職が決まりました。履正社で学んだことをフルに活かし、スポーツ愛好者の方の役に立ちたいです。

荒木 竜也大阪府立豊島高等学校 出身
豊中市消防局 勤務

履正社で野球を学び直し、卒業後に独立リーグでプレーした経験があります。また、在学中に公務員対策講座を受講したおかげで、豊中市消防局の試験に合格することができました。消防士として市民の生活の安全を守りつつ、地域の野球活動の活性化にも力を入れていきたいと思っています。

本木 駿也埼玉県立上尾高等学校 出身
三菱自動車工業株式会社 勤務

私は埼玉で高校野球をしていて履正社に入学。ひとり暮らしの不安の中で何度もあきらめそうになりましたが、社会人野球に進むことができました。今後は社会人野球の世界で勝ち負けの喜びを知ると同時に、野球人としてだけでなく企業人、社会人としても頑張りたいと思っています。

栗山 拓巳帝京大学 出身
株式会社ミキハウス 勤務

帝京大学を卒業後、野球を続けたくて入学。一から学び直すことで、理想としていたピッチングを確立できました。努力が実り、オール大阪に選出。さらに「2013香港国際野球オープントーナメント」日本代表として選出され優勝を体験。そしてミキハウスレッズの選手として就職できました。成長できたのは、履正社のおかげだと思っています。

小田 剛士大阪府立阪南高等学校 出身
株式会社島津製作所 勤務

ずっとプロ志望で野球を続け、履正社でもキャッチャーとして野球を徹底的に学びました。他の企業への就職も考えましたが、野球に年齢制限のない島津製作所に魅力を感じ入社を決意しました。社会人として日常の業務もしっかりとこなしつつ、好きな野球をずっと続けていきたいです。40歳になってもプレーしていることが、今の目標です。

佐藤 匠奈良県立大和広陵高等学校 出身
鹿屋体育大学 編入

高校野球の経験もないのに指導者になりたいという願望が強かった私は、高校の先生の薦めもあって、履正社に進学。履正社の授業は思っていたより楽しくも厳しくもあり、最後まで諦めず思いを貫き、鹿屋体育大学に編入学しました。あきらめず最後までやれば、夢は必ず叶います。

坂本 有香鹿屋体育大学 出身
東京都保健体育科 教員

鹿屋体育大学卒業後、野球を専門的に学ぶため履正社へ。そして、念願だった体育教師に。履正社時代は、競技の技術に加え、社会人としての一般常識や礼儀を教わりました。現在は生徒指導を行う立場となりましたが、教員として生徒の心の支えになれるよう、これからも努力を続けていきたいです。

土井 幸乃大阪府立阪南高等学校 出身
大阪府小学校教諭

卒業すると同時に本校野球コースの教員となり、教えることの喜びや奥深さを知り、先生という職業にあこがれるようになりました。そして在籍中に小学校一種免許にチャレンジし、念願の教員免許を取得することができました。これからは、ここでの経験を活かしながら小学校の先生として頑張っていきます。

藤井 秋博岡山県美作高等学校 出身
阪神園芸株式会社 勤務

野球を続けたいという以外、将来についてあまり考えていませんでした。しかし春・夏の甲子園での実習経験が転機となりました。野球への熱い心を持つ球児がケガをしないようにと、グラウンド整備をすることに大きなやりがいを感じたのです。阪神園芸での実習によって、「野球を支える仕事がしたい」という目標が見えました。そして阪神園芸に入社でき感謝しています。

安田 弘樹滋賀県立八幡工業高等学校 出身
阪神園芸株式会社 勤務

野球に携わる仕事がしたかった私は、甲子園球場での実習を経験してこの仕事がしたいと強く思いました。その熱意が買われたのか、阪神園芸の方から入社の誘いを頂き迷わず入社させて頂きました。今はまず先輩たちを見習い、先輩たちと最高のプレーを支えていきたいです。

  • 大学教育学専攻