Baseball Course
箕面キャンパス

野球コース

特別対談

田中 大貴 さん

1980年、兵庫県生まれ。県立小野高校では橘田の2年先輩。慶應義塾大学体育会野球部では4年時に東京六大学野球の春季リーグで本塁打王を獲得した。03年、フジテレビに入社し、アナウンサーとして「とくダネ!」「すぽると!」等で幅広く活躍。2018年に独立した

  • フリーアナウンサー

橘田 恵 先生

1983年、兵庫県生まれ。小野高校、仙台大学を卒業後、オーストラリアでプレーを続け、帰国後は指導者の道に。現在は履正社スポーツ専門学校北大阪校、履正社高校女子野球部の監督を兼任し、2018年は侍ジャパン女子の監督として日本代表のW杯6連覇に貢献した

  • 本校専任教員・侍ジャパン女子監督
インタビューを読む

世界一の競技に
誇りを持ってほしい。

  • 田中 W杯6連覇、改めておめでとう!
  • 橘田 ありがとうございます。
  • 田中 日の丸を背負ってW杯を戦える監督はひと握りです。素晴らしい経験でしたね。
  • 橘田 日本を代表するというプレッシャーは想像以上で、とても勉強になりました。
  • 田中 大会前、「日本女子野球の未来は明るいことを証明したい」と言っていましたが、その目標は達成できましたか。
  • 橘田 思い切って抜擢した、高校生を含む若手たちがしっかり役割を果たしてくれました。未来は明るいですし、女子野球はこれから若手がどんどん出てくると思います。
  • 田中 20歳前後の選手が大半を占めている代表チームは世界にもありません。女子野球は小学生から高校生までの競技人口がどんどん増えているし、いつかは甲子園で全国大会が開かれるんじゃないかな。
  • 橘田 そうなれば本当にいいですね。

今後は女子野球が、
スポーツ界の教科書になる。

  • 田中 野球って、監督はいるんですけど、実は1対1のシーンが多いので、個人が強くないと絶対に強いチームは作れないですよね。そこで、普段の生活や考え方、思考力、自分に厳しいかどうかといった面が一番大事になってくる。その点、橘田監督はチーム作りにおいて、まずは選手にどういう人間でいなくてはいけないかということを伝えている。そこが指揮官として本当に魅力的だと感じました。
  • 橘田 恐縮です。ただ、W杯では気合が入りすぎて、周りにプレッシャーをかけていたなと反省しています(笑)。
  • 田中 橘田監督のチームを見ていると、今後の日本スポーツ界では、女子野球が教科書になっていくようなイメージがあります。監督と選手、先輩と後輩の関係が上下ではなくて横並びなんですよね。それってアメリカのスポーツと一緒で、きわめて先進的だと思います。トップダウンで押し付けるような指導がないし、監督は基本的に尊敬されていないと受け入れられない。
  • 橘田 試合中も選手がとにかく楽しそうで、女子野球は確かに独特かもしれませんね。田中 それに、世界で6 連覇もしている団体競技って、実は女子野球以外にないですよね。この「世界一の競技」を、学生たちは誇りを持って続けてほしいなと思います。
  • 田中 大会前、「日本女子野球の未来は明るいことを証明したい」と言っていましたが、その目標は達成できましたか。
  • 橘田 ありがとうございます。まだまだ新しいカテゴリーの競技です。頑張ってプレーすることによって、この競技の未来が変わる。そういう気持ちで、若い子たちと一緒にチャレンジを続けていきたいと思います。
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先輩VOICE

岩田 祐幸広陵高等学校 出身
株式会社ヒマラヤ 勤務

広陵高校で野球に打ち込み、卒業後は地元大阪に戻って履正社に入学。医療やスポーツビジネスも学び、スポーツと仕事の関係を理解していく中で、現在の職場に就職が決まりました。履正社で学んだことをフルに活かし、スポーツ愛好者の方の役に立ちたいです。

荒木 竜也大阪府立豊島高等学校 出身
豊中市消防局 勤務

履正社で野球を学び直し、卒業後に独立リーグでプレーした経験があります。また、在学中に公務員対策講座を受講したおかげで、豊中市消防局の試験に合格することができました。消防士として市民の生活の安全を守りつつ、地域の野球活動の活性化にも力を入れていきたいと思っています。

本木 駿也埼玉県立上尾高等学校 出身
三菱自動車工業株式会社 勤務

私は埼玉で高校野球をしていて履正社に入学。ひとり暮らしの不安の中で何度もあきらめそうになりましたが、社会人野球に進むことができました。今後は社会人野球の世界で勝ち負けの喜びを知ると同時に、野球人としてだけでなく企業人、社会人としても頑張りたいと思っています。

栗山 拓巳帝京大学 出身
株式会社ミキハウス 勤務

帝京大学を卒業後、野球を続けたくて入学。一から学び直すことで、理想としていたピッチングを確立できました。努力が実り、オール大阪に選出。さらに「2013香港国際野球オープントーナメント」日本代表として選出され優勝を体験。そしてミキハウスレッズの選手として就職できました。成長できたのは、履正社のおかげだと思っています。

小田 剛士大阪府立阪南高等学校 出身
株式会社島津製作所 勤務

ずっとプロ志望で野球を続け、履正社でもキャッチャーとして野球を徹底的に学びました。他の企業への就職も考えましたが、野球に年齢制限のない島津製作所に魅力を感じ入社を決意しました。社会人として日常の業務もしっかりとこなしつつ、好きな野球をずっと続けていきたいです。40歳になってもプレーしていることが、今の目標です。

佐藤 匠奈良県立大和広陵高等学校 出身
鹿屋体育大学 編入

高校野球の経験もないのに指導者になりたいという願望が強かった私は、高校の先生の薦めもあって、履正社に進学。履正社の授業は思っていたより楽しくも厳しくもあり、最後まで諦めず思いを貫き、鹿屋体育大学に編入学しました。あきらめず最後までやれば、夢は必ず叶います。

坂本 有香鹿屋体育大学 出身
東京都保健体育科 教員

鹿屋体育大学卒業後、野球を専門的に学ぶため履正社へ。そして、念願だった体育教師に。履正社時代は、競技の技術に加え、社会人としての一般常識や礼儀を教わりました。現在は生徒指導を行う立場となりましたが、教員として生徒の心の支えになれるよう、これからも努力を続けていきたいです。

土井 幸乃大阪府立阪南高等学校 出身
大阪府小学校教諭

卒業すると同時に本校野球コースの教員となり、教えることの喜びや奥深さを知り、先生という職業にあこがれるようになりました。そして在籍中に小学校一種免許にチャレンジし、念願の教員免許を取得することができました。これからは、ここでの経験を活かしながら小学校の先生として頑張っていきます。

藤井 秋博岡山県美作高等学校 出身
阪神園芸株式会社 勤務

野球を続けたいという以外、将来についてあまり考えていませんでした。しかし春・夏の甲子園での実習経験が転機となりました。野球への熱い心を持つ球児がケガをしないようにと、グラウンド整備をすることに大きなやりがいを感じたのです。阪神園芸での実習によって、「野球を支える仕事がしたい」という目標が見えました。そして阪神園芸に入社でき感謝しています。

安田 弘樹滋賀県立八幡工業高等学校 出身
阪神園芸株式会社 勤務

野球に携わる仕事がしたかった私は、甲子園球場での実習を経験してこの仕事がしたいと強く思いました。その熱意が買われたのか、阪神園芸の方から入社の誘いを頂き迷わず入社させて頂きました。今はまず先輩たちを見習い、先輩たちと最高のプレーを支えていきたいです。